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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)10590号 判決 1963年2月01日

判   決

原告

箱井至

原告

大倉今朝一

右両名訴訟代理人弁護士

中川久義

被告

岡藤商事株式会社

右代表者代表取締役

加藤英治

右訴訟代理人弁護士

旦良弘

猿谷明

右当事者間の昭和三五年(ワ)第一〇、五九〇号証拠金返還等請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一、被告は原告笠至井に対し、金二、八五五、四〇〇円及びこれに対する昭和三五年一二月三〇日から右支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

二、被告は原告笠井至に対し、松下電器産業株式会社株式二、〇〇〇株の株券を引渡せ。

三、前項の株券の引渡につき強制執行が不能なときは、被告は原告笠井至に対し、その不能な部分につき一株金一五四円の割合によつて算出した金員を支払え。

四、原告笠井至のその余の請求を棄却する。

五、被告は原告大倉今朝一に対し、金三二六、〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年一二月三〇日から右支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

六、訴訟費用はこれを十分し、その一を原告笠井至の負担とし、その余を被告の負担とする。

七、本判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

一、原告の申立

主文第二、三項及び同第五項と同旨並びに「被告は原告笠井至に対し、金二、九四〇、四〇〇円及びこれに対する昭和三五年一二月三〇日から右支払済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告の申立

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求める。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

(一)  三愛商事株式会社(以下単に三愛商事と称する)は東京穀物商品取引所の会員兼仲買人であつたが、原告両名はそれぞれ訴外安藤雅康を代理人として、次のとおり、三愛商事に対し小豆売買取引の委託をした。即ち、

1 原告笠井至は昭和三五年六月二四日金三〇〇、〇〇〇円、同年七月一日金九〇〇、〇〇〇円、同年八月一〇日、金一二〇〇、〇〇〇円、同年一〇月二四日松下電器産業株式会社株式二、〇〇〇株の株券をそれぞれ売買証拠金または売買証拠金代用証券として三愛商事に預託したうえ、別表(一)記載のとおり、小豆売買取引の委託をした。

2 原告大倉今朝一は昭和三五年八月一〇日金四〇〇、〇〇〇円を売買証拠金として三愛商事に預託したうえ、別表(二)記載のとおり、小豆売買取引の委託をした。

3 右取引はいずれも昭和三五年一一月ごろ終了したが、右取引の結果、原告笠井至は委託手数料及び損失を差引き金五四〇、四〇〇円の利益を得、原告大倉今朝一は委託手数料を含め金七四、〇〇〇円の損失となつた。

(二)  被告は昭和三六年六月六日右三愛商事を吸収合併した。

(三)1  よつて、原告笠井は被告に対し、右証拠金及び利益金合計二、九四〇、四〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三五年一二月三〇日から右支払済まで商法所定の年六分の割合による損害金の支払と、前記証拠金代用証券である松下電器産業株式会社二、〇〇〇株の株券の引渡を求め、もし、右株券引渡の強制執行が不能なときは、その不能な部分につき履行にかわる損害賠償として本件口頭弁論終結の日である昭和三七年九月二七日当時の一株金一五四円の単価によつて算出した金員の支払を求める。

2  原告大倉は被告に対し、前記証拠金から前記損失金を差引いた残額金三二六、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三五年一二月三〇日から右支払済まで商法所定の年六分の割合による損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する答弁

(一)  請求原因第(一)項前文中、三愛商事が東京穀物商品取引所の会員兼仲買人であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

請求原因第(一)項の1及び2は全部否認する。もつとも、三愛商事が訴外安藤から、笠井亘名義及び大倉今朝一名義で原告ら主張の日その主張するような売買証拠金及び証拠金代用証券の預託を受けたうえ、原告らの主張する笠井亘名義及び大倉今朝一名義の小豆売買取引の委託を受けたことはあり、又委託を受けた個々の取引の損益が原告主張のとおりであつた事実はあるが、右取引はいずれも訴外安藤自身の取引であつて、原告らと三愛商事との取引ではない。

請求原因第(一)項の3中、取引が終了した日時は認めるが、その余の事実は否認する。もつとも笠井亘名義及び大倉今朝一名義の取引により、原告ら主張のような損益が生じたことは認める。

(二)  請求原因第(二)項は認める。

(三)  請求原因第(三)項中、原告笠井主張の株式の単価が、原告ら主張の日時においてその主張のとおりであることは認める。

三、抗弁

(一)  仮に訴外安藤が原告両名の代理人であるとしても、三愛商事は同訴外人に対し、原告笠井の取引については別表(三)記載のとおり、又原告大倉今朝一の取引については別表(四)記載のとおり、それぞれ各原告の証拠金を支払い又は右訴外人名義及び徳田実名義の口座に振替えており、その結果、原告笠井の取引は証拠金の残額金三八、五〇〇円、原告大倉の取引は証拠金の残額なしとなつている。そして三愛商事は訴外安藤に右証拠金の引出及びその振替をなす権限があると信じて右支払及び振替をなし、かつ次のような事実から、かく信ずるにつき正当な理由があるので、原告らの請求は失当である。即ち、

1 訴外安藤は、本件取引の当初から、笠井亘、大倉今朝一及び徳田実各名義の口座は同訴外人自身の取引であると明言していたこと。

2 右各口座の金銭の授受はすべて同訴外人が行い、取引報告書の送付も同訴外人の申入で三愛商事に留置く方法をとつたこと。

3 同訴外人は右各名義の取引が自分自身の取引である旨の誓約書を三愛商事に交付したこと。

4 三愛商事は原告らから、同訴外人が原告らの代理人である旨の告知を受けたことはないこと。

5 この種の取引では、他人名義あるいは架空名義で取引をする例が多いこと。

(二)  仮に右表見代理が成立しないとしても、原告笠井は訴外安藤の右無権代理行為を追認したので、原告笠井の請求は失当である。

即ち、同原告は昭和三五年一〇月二四日、松下電器産業株式会社株式二、〇〇〇株の株券を、右訴外人を通じ三愛商事に預託しているが、これは同訴外人を通じてした、その時までの本件取引が損金勘定となり追証を必要とするに至つたことを知つたうえ、将来も同訴外人が三愛商事と従来どおりの取引をなすことを承認してなされたものであるから、追認の意味をもつというべきである。

四、抗弁に対する答弁

(一)  抗弁第(一)項中、三愛商事が被告主張のとおり、訴外安藤に対し、原告らの証拠金の支払及びその振替をなしたことは認めるがその余の事実はすべて否認する。

(二)  抗弁第(二)項中、原告笠井が被告主張の日、その主張するとおり、株券を預託したことは認めるが、その他の事実は否認する。

(三)  次のような事実があるから、訴外安藤に権限ありと信ずべき正当な理由はない。

1 訴外安藤は古くから三愛商事に出入りしている相場師であつて、本件の担当者である三愛商事の営業部長訴外生田俶男とは親しい間柄であり、そのため同人は訴外安藤が原告らの代理人であることを知つていたこと。

2 仮に知らなかつたとしても、昭和三五年七月三日、原告笠井の妹である訴外佐藤富枝が同原告名をもつて三愛商事に電話し、同原告が訴外安藤に交付した本件九〇〇、〇〇〇円の預託の有無を確かめたことがあること。

3 本件株券二、〇〇〇株を預託する際には、訴外佐藤富枝が訴外安藤と同道して三愛商事に赴き、笠井である旨を告げて同商事係員から、その預り証を受取つていること。

4 三愛商事発行の預り証の記載によれば、証拠金の引出は必ず預り証を提示してしなければならないとされているにもかかわらず、本件の場合、預り証の提示を求めることなく訴外安藤の証拠金引出及びその振替の請求に応じているが、もし右訴外人が取引の当事者本人であるか、又は証拠金の引出等につき原告らより代理権を与えられている者であれば、当然預り証を提示し得る筈であるから、三愛商事としては預り証の提示を求めるべきであつたのにこれを怠たり、慢然右訴外人が請求するまま、証拠金の支払及びその振替をしたのは過失があるというべきであること。

第三、証拠<省略>

理由

一、当事者間に争のない事実

三愛商事が東京穀物商品取引所の会員兼仲買人であつたこと、被告が原告主張の日に三愛商事を吸収合併したこと、訴外安藤が三愛商事に対し笠井亘名義及び大倉今朝一名義で原告ら主張の売買証拠金及び証拠金代用証券を預託したうえ、小豆売買取引の委託をし、その結果それぞれ原告ら主張のとおりの損益を生じたこと並びに右取引が原告ら主張のころ終了したことは当事者間に争がない。

二、本件取引委託(証拠金等の預託を含む、以下たんに取引という)当事者の認定

(証拠―省略)によれば、訴外安藤雅康は原告笠井および大倉の依頼を受け、三愛商事に対し同商事営業部長生田俶男を介しそれぞれ笠井亘および大倉今朝一の名義をもつて本件の各取引をした事実が認められ右認定に反する(省略)の記載内容は信用しない。もつとも、(証拠―省略)によれば、訴外安藤雅康は取引の当初より笠井亘、大倉今朝一は自己の仮名であつて、取引はすべて自己自らの取引である旨詐称し、右生田もその取引が安藤自身の取引であると信じていた事実が認められるが、このことは、何ら右の取引が安藤においてそれぞれ原告笠井、大倉を代理してしたものであるとする結論を左右するものではない。

三、訴外安藤雅康の無権代理行為

訴外安藤雅康が原告らの指示によらず壇に被告主張のとおりそれぞれの預託証拠金を引き出しまたは振り替えたことは、証人安藤雅康の証言によつて明らかである。

四、表見代理の主張について

思うに、代理人が代理行為をするにあたり、自ら本人と称して、その行為をした場合においても、その行為は本人のためにその効力を生ずるものと解すべきである。けだし、その行為は代理権の範囲内に属し、しかも、相手方においてこれを代理人自身の行為と主張する何らの利益もないからである。ところで、代理人が本人の名義で代理行為をするにあたり、たまたまその権限の範囲に属しない行為をした場合において、相手方が代理人を本人自身と誤信した場合、本人にその責を帰せしめうるかは一応問題である。この場合は相手方が代理人にその権限ありと信ずべき正当の理由を有した場合にあたらないから民法第一一〇条はこの場合正面からはその適用がない。しかし、代理人にその権限ありと信ずるとは、ひつきよう代理人の当該行為がその権限の範囲に属するものと信ずるということであり、相手方が代理人を本人と誤信するとは、代理人が本人なるが故に当該行為をなす権能を有すると誤信するということであつて、その趣旨においては、当該行為を適法なものと誤信するという意味において両者ともに変りはない。それ故に、代理人が本人と称してその権限外の行為をし、相手方が代理人を本人と誤信し、その誤信するにつき正当の理由を有した場合には、民法第一一〇条を類推し代理人の行為につき本人においてその責に任ずべきものと解するを相当とする。以下にこの見地に立つて本件を検討する。

1 原告笠井の関係について。

イ、訴外安藤雅康が取引の当初より笠井亘が自己の仮名であつて、取引はすべて自己自らの取引であると詐称し、その取引を担当した三愛商事の営業部長生田俶男もその言を信じ、安藤が笠井亘名義で同商事との間にした取引はすべて安藤自身の取引であると誤信したことは前に認定したとおりであり、商品取引においては仮空人名義で取引をする事例の必ずしも少くないことは、当裁判所に顕著な事実であるから、生田が右のように信じたこととは、他に特段の事情がないかぎりこれを信ずべき正当の理由があるものと認むべきである。原告は、三愛商事発行の預り証には証拠金の引出は必ず預り証を提示してしなければならないと記載されているにかかわらず、訴外安藤の本件証拠金の引出および振替えについてはその預り証の提示を求めなかつたから、三愛商事が同訴外人の求めに応じたやすくその引出、振替えを認めたのは過失であると主張するけれども、証人(省略)の証言によれば、証拠金を引き出す者が本人であつてその引出額が預り証記載の額の一部にすぎない場合には、預り証の提示を待たず証拠金を返還する場合もあることが認められるから、右訴外人に対し預り証の提示によらず証拠金の一部を返還または振り替えたことをもつて、ただちに三愛商事の過失であると認定することはできない。

以上認定の事実は、訴外安藤が笠井亘名義でした証拠金の引出、振替えにつき、原告笠井の有責性を首肯せしめるものである。もつとも、安藤が本件取引につき使用した名義は笠井亘であつて原告笠井ではないが、証人安藤雅康の証言によれば、取引名義人の名が亘となつたのは三愛商事の係員が原告笠井の名を誤記したことによるものであることが認められるから、この事実によつては右の結論が左右されるものではない。

ロ、しかし、証人(省略)の証言によれば、昭和三五年七月三日原告笠井の妹である佐藤富枝が笠井の名で三愛商事に電話をし、その前々日安藤から笠井の証拠金として九〇〇、〇〇〇円が預託されたかどうかを問い合せ、係員生田不在のため後刻その回答をうべく同原告の住所氏名および電話番号を知らせておいたところ、その後同日中に生田から電話があつたことが認められる。ところで、このように取引名義人本人から直接その取引のことに関し照会があつた場合には、相手方はそれまでその名義人が他人の仮名であると信じていた場合でも、その名義人が実在しその取引も名義人自身の取引ではないかとの疑を起すべきは当然であつて、したがつて、相手方としてはその名義人につき事の真相を確かめる等真実の調査のため適当の手段をとるべきを至当とする。しかるに、三愛商事は右のように電話を受けた後も何ら笠井亘が実在しその名義の取引が同人の取引であるかどうかを確かめた形跡はないのであるから、その後依然として安藤の指示により本件証拠金の引出、振替えをした三愛商事の所為は結局過失に基づくものというのほかなく、右電話後の引出、振替えについては原告笠井にその責がないものといわなければならない。もつとも、(証拠―省略)によれば、三愛商事は前記のように佐藤富枝から電話があつた後、訴外安藤が原告笠井の代理人ではないかと疑を抱くに至り、同訴外人にその事実を質し、さらに昭和三五年九月二〇日同訴外人から、笠井亘、大倉今朝一ら名義の取引は自己の取引である旨の念書を徴したことが認められるが、代理人か本人かが問題となつている場合において、本人と自称する者から本人たることの念書を徴したからといつて、これにより前記の調査手段を尽したものということができないことは明白である。

2 原告大倉の関係について。

訴外安藤が同原告の指示によらず壇に被告主張のとおり預託証拠金の振替えをした日は、前記のように訴外佐藤富枝が三愛商事に対して電話をした日以後のことである。それ故に、三愛商事としては大倉今朝一名義の取引も真実同原告の取引であつて、訴外安藤の取引ではないのではないかとの疑念を抱くべきを当然とし、したがつて、その真相を調査すべき責を有するものといわなければならない。現に前掲(証拠―省略)によれば、生田はその疑念から前認定のように安藤から念書を徴している。しかし、すでに説明したように、かかる念書を徴したことは、毫も三愛商事が右の調査の責を果たしたものということはできないし、他にその調査をした痕跡も認められないから、三愛商事は訴外安藤を原告大倉と信じたことに正当の理由を有しないものといわなければならない。

五、追認の主張について。

被告主張の株引預託の事実はその主張のような追認の事実を認むべき根拠となりえないし、他に追認の事実を認むべき証拠はない。

六、被告の責任の限度

以上により、被告は、

1  原告笠井に対し、

イ、株式売買の取引により生じた利益金五四〇、四〇〇円

ロ、預託証拠金から別紙(三)のとおり訴外安藤が昭和三五年七月三日以前に引き出した合計八五、〇〇〇円を控除した残額二、三一五、〇〇〇円

ハ、預託証拠金代用証券である松下電器産業株式会社株式二、〇〇〇株の株券

ニ、原告大倉に対し、預託証拠金から株式売買取引により生じた損失金七四、〇〇〇円を控除した残額三二六、〇〇〇円

の支払または引渡義務を負うものというべきである。

七、本件取引の商行為性

本件取引が商行為であることは明らかである。

八、結論

よつて、原告らの本訴請求中、

1  原告笠井に対し五1のイ、ロの合計二、八五五、四〇〇円、原告大倉に対し五2の三二六、〇〇〇円およびそれぞれの金員に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であること記録上明らかである昭和三五年一二月三〇日より完済まで年六分の割合による損害金の支払

2  原告笠井に対し五、1のハの株券の引渡、もしその強制執行が不能のときはその不能部分につき履行に代わる損害賠償として、本件口頭弁論終結の日である昭和三七年九月二七日当時の時価であることが当事者間に争のない一株一五四円の単価によつて算出した金員の支払を求める部分は正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用し主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事八部

裁判長裁判官 長谷部 茂 吉

裁判官 伊 東 秀 郎

裁判官 宍 戸 達 徳

別表(一)(二)(三)<省略>

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